YABUへびぃ YABU・オリジナル曲

オリジナル曲作成・カヴァー曲選曲・心に残っている名曲にまつわる裏話、或いは日々の生活をのんびり暴露していきます。

YABUへびぃ

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Thousands Nights 

連盟では、毎年アコースティック・パーティーが開催される。
各大学フォーク部の、アコギ連中が集まって行うコンサートだ。
3年の夏、ちょうど七夕の時期となった。

ステージマネージャーには、親友・Sが立候補した。

コンサートのサブタイトルにはみんなが意見を持ち寄ったが、俺の
考えた『Thousands Nights』に決定した。
そして我がPantomimeは、トリを務めさせてもらうことになった。

強引ではあったが、俺はコンサートのサブタイトルと同じタイトルの
曲を作った。




Thousands Nights/YABU

重すぎる悲しみを背に またひとつ落ちてゆく
ひと際明るく輝く星が お伽話になったよ

願いごと叶えと 流れ星を探した
君の最後の浴衣姿 僕の心の中で消えてく

すべて忘れたい夢の中へ 逃げられやしないよ
君はたぶん幸せな顔で 深い眠りについてる

Thousands Nights こんな夜には
君の影離せずにいるけど
君はきっと別の夢見てるような気がする
Thousands Nights


同じ星空を見つめながら 幾千の夜を向かえる
星の数だけ愛があっても 僕はひとりぼっちさ

Thousands Nights こんな夜には
君の影離せずにいるけど
君はきっと別の夢見てるような気がする
Thousands Nights





この曲には原詩がある。

確か中学の時だったと思うが、クラスで詩集を作成することになった。
その時に考えた詩だ。

  流星

またひとつ星が落ちてゆく
重い悲しみに耐えられなかった…



人によってはダラダラと長文になったり、簡潔にまとめたものもあったが、さすがに2行だけの詩は他に居なかった。

ごっそりと空いたスペースに、丘の上で流れ星を見上げるキツネの
親子を描いた。

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幸福論 

修大では毎年秋に、文化系サークル合同で「秋の祭典」が行われる。
3年生でフォークソング部長だった俺は、その実行委員会に参加した。
ほとんどのサークルは部長が参加していたが、中には例外もあった。

実行委員会では、意見を出しやすくするために4人ずつの班分けが行われた。
一番活発なサークルの部長ということで、俺が班長となった。

実行委員会も回を重ねるにつれ、彼女が気になりだした。
史跡踏歩会の代表で出席していた同じ班の娘。

どうも「同じ班」に弱いようだ。

彼女は俺と同じく、大学の指定下宿(寮)住まいだった。

ある日、帰宅途中の彼女を車から見つけて、その時は声をかけられなかったが、それを口実に電話をかけたことは覚えている。

もちろん携帯電話など無い時代。
10円玉をたくさん用意して、寮のピンク電話から向こうの寮へ…

たぶんそれがきっかけだったのだろうが、はっきり「付き合ってくれ」と言った記憶がない。
何となく始まったのだろう。

ただ、恋愛らしい恋愛は初めてだった。

彼女の実家・下関へ遊びに行った時、小鉢いっぱいのナマコを出されたことをよく覚えている。
食べれないことはないが量が量だけに、さすがに気分が悪くなった。

これは、彼女をモデルにした曲である。




幸福論/YABU

クレジットカードで買えないものといえば
トップシークレットにひねくれ者の宝物くらい
資産家はいつも満足な気分でいられる
僕達は何とか満足しようと必死になってる

財布の中身がいっぱいでなくても
君がいれば僕は幸せだけど
財布に中身がいっぱいでなけりゃ
君を幸せになんて出来そうにない

君と話すには10円玉 君と会うには100円玉
君の愛を買うには いったいどれだけ必要なんだ

僕はこのまま 時の流れに口出しも出来ないまま
君のいない暮らしを 探さなければいけなくなるのだろうか


正味期限のある夢ならば
最初から口にしないほうがいい
ありったけの夢を買いあさり
食べきれないことに気づいて後悔するだけだから

人並みな夢なんて持たなくても
君がいれば僕は幸せだけど
人波に夢を持っていなけりゃ
君を幸せになんて出来そうにない

君と話すには10円玉 君と会うには100円玉
君の愛を買うには いったいどれだけ必要なんだ

僕はこのまま 時の流れに口出しも出来ないまま
君のいない暮らしを 探さなければいけなくなるのだろうか





そして終止符については、記事『やがて来る将来に』に書いた通りだ。

Listen To My Heart 

ミュージシャンなら誰しも、一度は大きいホールで演奏してみたいと
思うに違いない。
キャパ30人程度のライヴハウスもそれなりに良い所はあるが、あの高い天井に響き渡る自分の演奏を聴くのもまた格別である。

俺がそれを経験したのは、2004年10月のクラブ・クアトロでの
コンサートが最後だろう。
そう、『おたぶ』のきっかけにもなった、おたみのサポートでステージに立ったものだ。

何しろギタリストとしてステージに立ったのは数年ぶり、「おたみの…」という別の緊張もあり格別の気持ちをあまり味わえなかった。


学生の時は、定期演奏会で青少年センター・県民文化センターと
いったそこそこのホールは何度も経験したが、やはり忘れられない
のは3年生の冬・現役最後の定期演奏会、郵便貯金ホール(現ALSOKホール)でのコンサートである。

大きいホールで演奏会をするには、それ相応の経費がかかる。
これまでにないチケットノルマ、パンフレットに載せる広告取り…

その時の部員達の活気とパワーを持ってすれば、やれると思った。

合計7バンド。
「とり」はもちろん盛り上がるフルバンドだったが、我が『Pantomime』は「とり前」を務めさせてもらった。

1年生でデュオを組んだ当初、相棒はギター初心者だったが、引退
する頃には先輩から評価されるほどの曲も作れるようになっており、
リードギターも少々ではあるが弾けるようになっていた。

『Pantomime』のネーミングは俺だが、どちらかといえば相棒の
色に合っていた。

親友Sには「やっぱり最後の曲はYABUが作るべきじゃ」と言われたが、色んな思いが頭を過り、
ステージ最後の曲は相棒に託すことにした。

そのかわりではないが、景気づけの1曲目は有無を言わせず俺の
作った曲に決定した。




Listen To My Heart/YABU

これで終わりだなんて言わないでくれ
そうさまだずっと歌い続けていたい
僕はいつだって訳もないのに
デタラメなノイズを刻んできたんじゃない

確かなものをつかめるなら
いくらでも振り出しに戻ってみせるさ

例えばあいつのために 例えばあの娘の胸に
僕の思いを伝えるんだ
馴れ合いだけは越えるんだ 形なんていらない
君を僕に預けてくれ

背中を向けられても 感動があるかぎり
僕は歌うことをあきらめはしない Ah-

Listen To My Heart 僕のメカニズム
コントロールの術ならいくらでもある

あいつの胸を貫くほど 涙を空にするほど
いっぱいのエコーが欲しい
馴れ合いだけは越えるんだ 形なんていらない
君を僕に預けてくれ

背中を向けられても 感動があるかぎり
僕は歌うことをあきらめはしない Ah-





この頃のビデオを観ると、今より確実に上手い。


コンサート当日だけを見れば、大成功だった。
                             To be continued.

スタミナ不足 

もう1週間以上経つが、咳が治まらない。
特に夜、寝るために寝転ぶと咳が止まらなくなる。

今日は、所属する草野球チームの試合だったのだが欠場させて
もらった。

幸いにも仕事が暇だったので、薬が無くなる頃にちゃんと医者にも
通っている。
常用薬とはべつに、
「寝る前にどうしても咳を止めたい時にだけ服用するように」
と渡された水薬も一向に効かない。

そのことを医者に告げても、「一番強い薬なんじゃけどね…」
と言われた。
手の施し様がないというわけだ。
不思議な事に、喉はそれほど荒れていないそうだ。
数年前、気管支喘息に掛かった時も同じ事を言われた。

関係あるかどうかはわからないが、元々気管はそれほど強くない。




スタミナ不足/YABU

この頃体力の低下を少し感じる
あんまり使わない筋肉が固まりはじめてる
決まった時刻に記憶が薄れてゆくのは
疲労と寝不足のせいだと思い込んでた

だけど スタミナ不足
あきらかに スタミナ不足
スタミナ不足に悩まされて限界を見る

必要以上の反応怠る中枢神経
思う存分暴れたあとは禁断症状
空腹に襲われるわりには食欲不振
いつでもどこでも貰ってばかりの感染ウイルス

今日もビタミンドリンク
飲みほしてビタミンドリンク
ビタミンドリンクに侵された夜が続く

もっと高く飛べるんだ
もっと速く走れるんだ
そんな自信過剰の無理がたたって
ここが痛い あそこが痛い 体中が痛い

栄養補給
すみやかに栄養補給
栄養補給を忘れずにおやすみなさい

やはりスタミナ不足
あきらかにスタミナ不足
スタミナ不足に悩まされた夜が続く





1994年、数年のブランクを経て「SYMPHONY」が復活した時に
作った曲。
結果として、SYMPHONY最後の楽曲となってしまった。

DEAD HEAT 

DEAD HEAT/YABU

弱気になった俺の心
頭の中のハンデが俺にのしかかる
だけどここで投げ出すわけにはいかない
それじゃ腹の虫が治まらない

あいつにだけは あいつにだけは負けたくない
反射神経が俺の体を奮い立たせる
今度こそは こんどこそは負けたくない
いつも得意顔でせせら笑ってるあいつを
笑い返すんだ

ダメージはそれほど引きずっていない
ゴールまでこのまま持ちこたえられそうだ
あいつの息の根を止めるまでは
あいつの息の根を止めるまでは


何かにつけて俺の才能は
あいつと比べられてばかりいた
だけどお見通しさ あいつの汚い手口
ライバルなんて冗談じゃないぜ

あいつにだけは あいつにだけは負けたくない
煮えたぎった血が体中で自ずと騒ぎ立てる
今度こそは こんどこそは負けたくない
100m先では大逆転劇が
俺を待ち構えているぜ

ダメージはそれほど引きずっていない
ゴールまでこのまま持ちこたえられそうだ
あいつを引き離すのは今
あいつを引き離すのは今





小学2年の秋、倉敷市街近郊の社宅アパートから市の外れに建てた一軒家に引っ越した。
小ぢんまりとした団地で小学校まで歩いて3分。
その団地内に背格好もよく似た同級生・Kが住んでおり、瞬く間に
仲良くなった。
小学校を卒業するまで、Kと本当によく遊んだ。
もちろん、母親同士も深い付き合いになった。

俺は小学時代、勉強は出来た。
5段階評価でオール5も何度かあった。
友人・Kも、俺よりはやや落ちるが似たような成績だった。

中学校入学。
中学校は小学校の隣にあったので、他の学区の生徒と混ざることはなかった。
学業のほうは、Kは伸びる一方。
勉強嫌いな俺はと言えば、数学こそトップレベルをキープしたものの、英・国は平均点よりちょっと上、理・社に至っては平均点を下回ることもしばしば…

「あんたは頭いいんだから…」「やれば出来る!」等と母親に期待されながら、公立高校の普通科に入れるかどうかまで落ちてしまった。
母親も、Kの自慢話を散々聞かされ辛かったろう。

話は戻るが、中学時代はKよりも、同じ野球部だったUと専ら仲が良くなった。
家はまるっきり反対方向だったが、よく遊びにも行った。
そのころ聴いていた音楽は、ほとんどUに薦められたものだ。

運よく、3人とも同じ公立高校に合格出来た。
運が関係あったのは、俺だけだろうが…

だが高校卒業後、KとUは地元の国立大学へ、俺は予備校へ入学を決めた。


この曲のモデルはあくまで友人・Kだが、全部が全部事実ではない。
Kはいいやつだった。
この2人とは、離れてもずっと付き合いを続けたいと思っていた。
あの出来事があるまでは…


それは、俺が広島に来て1年だったと思う。
久しぶりに倉敷へ行ける機会があり、旧友に連絡をとってみた。
2人とも時間が空いており、3人で会うことになった。

無口な俺でも話したいことはいくらかあったし、「クラブは何かやっているか?」とか各々の個人情報を色々聞きたかった。
ところが2人の間で、「あの娘はどうなった?」とか「あそこのパチンコ屋はどうだ」とか、いきなり俺の入り込めない話題が始まった。
そして満足に話もできないまま、俺は行ったことのないパチンコ屋に行かされる羽目になってしまった。

それ以来、二度と連絡はしていない。
恋愛のみならず、遠距離では友情も続かないものだ。
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