YABUへびぃ 2008年12月

オリジナル曲作成・カヴァー曲選曲・心に残っている名曲にまつわる裏話、或いは日々の生活をのんびり暴露していきます。

YABUへびぃ

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小フーガ 

小フーガ ト短調/J.S.バッハ




前々回の記事に「賛美歌は心地よい」と書いたが、たぶんパイプオルガンの音色が好きなせいもある。

この曲は、相棒Aのほうから「やろう」と言い出した。
クラシックのコピーといっても、俺の場合は然程テクもなく、担当はほとんどサイドギターの事が多かった。
しかしながら、この曲をやるとなると何れのパートも全部リードギター。
「俺には無理じゃないか?」と思ったが、とりあえず練習を始めた。

ギターのフレットの都合で、ト短調をイ短調に変更した。

俺だけではなく、SYMPHONY結成以来これほど練習した曲はない。

本番では間違えることもしばしばあったが、俺の技量からすれば申し分のない出来だった。

この曲に限ったことではないが、この頃の演奏を聴くと
「これ、本当に俺? 上手い…」
と思ってしまう。

とくに、おたぶを結成してからは『適当』というぬるま湯に浸かりっぱなしだ。

確かにこの頃は大学の講義にも出ず、日に最低4~5時間はギターを弾いていた。
(そのため、5年中退となったことは言うまでもない。)

年に1~2回のLIVE前にしかギターケースを開けない今、同じように弾けるわけがない。
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四季 

協奏曲集「四季」/A.ヴィバルディ



クラシックの中で一番のお気に入りが、この曲である。

中学の時、朝のホームルーム前には春・第1楽章が、午後の掃除時間には冬・第2楽章~第3楽章が流れていた。

春・第1楽章はあまりにも有名だったが、その時はまだ、掃除時間に流れているのが「四季」だとは知らなかった。

クラシックのコピーはSYMPHONYで数曲やったが、「四季」の中から春・第1楽章 秋・第1楽章 冬・第2楽章をコピーした。

きっかけはよく覚えていないが、修大のフォーク部を引退と同時にPantomimeを解散し少々暇を持て余していた矢先、同じ環境にあった広大フォークOBの友人Aと組むことにした。

俺はフォーク部時代本当は歌いたかったのだが、組んだ相手がギター初心者だったこともあり、ほとんどをリードギターに専念した。
Aは高校時代クラシックギターをやっており、根っからのリードギタリスト。
自ずと新しいユニットの体制が整った。

彼もクラシックは好きで、俺より詳しかった。
そんなわけで、早速クラシックのコピーをやることを思いついた。
その最初に選曲したのが、春・第1楽章である。

残念ながら、録音の音量バランスがまともなものがないので音源にはUPしていないが、なかなかの出来だった。

そもそも「SYMPHONY」というユニット名は、これをヒントに考えたものである。

俺はAのクラシックまがいな煩いくらいのアレンジが気に入り、Aも俺のマニアックな曲を気に入ってくれた。

楽曲はともかく、ギターアンサンブルでその名を売った。

ハイペースな曲作り・時には月数回のLIVE・ラジオ出演等もあり、「SYMPHONY」の活動は当分続いた。
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もろびとこぞりて 

世間はクリスマスに浮かれているので、本意ではないがクリスマス・ネタにしよう。

山下達郎の『クリスマス・イブ』・ユーミンの『恋人がサンタクロース』など、この時期決まって流れる曲は数知れず。

されど、クリスマスソングの中で俺の一番のお気に入りは、『赤鼻のトナカイ』も捨てがたいがやはりこの曲。




もろびとこぞりて/賛美歌112番

諸人(もろびと)こぞりて 迎えまつれ
久しく待ちにし 主は来ませり
主は来ませり 主は、主は来ませり
悪魔のひとやを 打ち砕きて
捕虜(とりこ)をはなつと 主は来ませり
主は来ませり 主は、主は来ませり
この世の闇路(やみじ)を 照らしたもう
妙なる光の 主は来ませり
主は来ませり 主は、主は来ませり
萎(しぼ)める心の 花を咲かせ
恵みの露(つゆ)置く 主は来ませり
主は来ませり 主は、主は来ませり
平和の君なる 御子を迎え
救いの主とぞ 誉め称えよ
誉め称えよ 誉め、誉め称えよ




幼少の頃買ってもらったクリスマス物語のLPレコードに収録されていた。

『ジングル・ベル』『赤鼻のトナカイ』など他の曲はほとんど理解できたのだが、この曲だけは全く意味不明だった。
「シュワーシュワーキマセリって何語?どういう意味?」
そういう神秘的なところがよかったのかもしれない。

神秘的といえばこの曲、賛美歌であることを随分大きくなってから知った。

賛美歌というのは、日頃から聴きたいと思うことはないが、聴いていると何かしら心地よい。
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匿名希望 

中学の頃はよくラジオを聴いていたが、『匿名希望』という単語をよく耳にした。
ペンネームが流行りだし、この単語は消えた。

今の世の中だからこそ、本名を隠すことの重要性も理解できるが、当時は、
「なぜ名前を隠すの?」
と思い、俺は必ず本名で投稿していた。

ニックネームなるものはもちろんファッションの意味もあるのだろうが、名前を隠して好き放題な意見を投稿している奴が気に食わなかった。

今でも、知り合い等のコンサートを観に行ってアンケートを書くことがある。
辛口コメントだろうとおちゃらけコメントだろうと、本名は書かないにしても俺だとわかるように書いている。
もっとも、音楽仲間内・その他日常でもYABUで通っているので、本名を書いたほうが「誰?」と言われそうだが…

少し横道にそれるが、自分の本名は好きではない。
小さい頃は「やぶ蚊」「やぶ医者」と、よくバカにされたものだ。

母方の苗字は『高瀬』。
「こっちのほうがカッコいいじゃん…
お父さん、婿養子になればよかったのに」
などと、よく思ったものだ。

そして、下の名前は『勧』。
親には申し訳ないが、漢字二文字がよかった。

そんなわけで、本名はあまり公にしたくない。

しかしながら、幼い頃から「やぶちゃん」「やぶさん」あるいは「やぶ」の呼び捨て以外に呼ばれたことがないので、執着があるのも事実…

ステージネームなど考える余地もない。
『YABU』である。

正体を明かすことが必ずしも正論だと言っているわけではない。
ただ、多くの人はそうだろうが、自分の吐いた言葉には責任を持ちたい。
そういう意味を込めて、正体を明かすことが俺のポリシーである。




匿名希望/YABU

誰もが教えられた通りの地図をたどってる
歯向かおうとする奴など一人もいない

無表情に隣の様子をうかがいながら
同じ仕草に胸を撫で下ろしてる

君の名前がわからない どこかで会った気がする
君の名前がわからない 誰かに似てる気がする

拳の奮い方など忘れてしまった
自分の利き腕さえ思い出せない 怖くて思い出せない


事件が起きても関係ないと言い張ってる
厄介なことには首を突っ込みたくない

名刺など一枚残らず捨ててしまった
何の義務もないかわりに何の資格もない

どこかで会った気がする
君の名前がわからない 誰かに似てる気がする

陰では勝手なことほざいてるくせに
正体をばらされたら何も言えなくなる 何も言えなくなる





就職して数年後、SYMPHONYのカセットテープを会社の車で聴いていて置き忘れたことがあった。
数日後、年下の社員Nが
♪君の名前がわからない~
と口ずさんでいた。

フレーズが覚え易かったのだろう。
少し嬉しかった。

しかし社員Nに対して残念なこともある。

修大在学中に部室から友人のギターが盗まれる事件があったのだが、
Nが、
「部室に忍び込んでギター盗んでやった!」
と自慢話をしているのを耳にした。

俺がまさにその時修大フォーク部だったとは、さすがにNもびっくりしていたようだ。

しかしながら10年近く経っている…
既に時効、笑い話にしかならなかった。
いや、この場合苦笑い話と言うべきだろうか…

世間は狭い。
 

未来 

未来開発、未来都市、未来像…
『未来』という単語は、何処かしら希望の光を醸し出す。
タイヤの付いていない電気自動車が空のハイウェイを行き交う時代が、本当にやって来るのだろうか…

めまぐるしい工業技術の進歩、強ち空想の世界とも言えない。
なぜ自動車はアクセルを踏んだら動くのか、どうやったら高層ビルが建てられるのか、人間の頭はどこまで賢くなるのだろう…
一瞬で世界を破滅に追い込む、そんな兵器を思いついても不思議ではない。


こんなドキュメンタリー番組を観たことがある。
遠い未来の人間像…

野生動物は、必要な体の部分は発達し、使わない部分は退化してゆく。
人間とて例外ではない。
脳みそばかり発達した頭でっかちな体に、赤ん坊のような手足が申し訳程度についている。
何百年か後には、こうなっている…というのだ。

確かに牛蒡のような手足の小学生が昔より増えたように思うのは、気のせいだろうか…


とはいえ、経済の動向・環境問題その他諸々…我々の未来に対する不安は計り知れない。
人間の未来の姿を心配するより、存続を心配したほうがよさそうだ。

もっとも、長くて後50年ほどの命、俺がこの世を去った後に人類がどうなろうと地球がどうなろうと知ったことではない。

大半の人はそう思ってるに違いない。
みんな、世界の将来を考える余裕などない。
今快適な暮らしをすることに、必死なのだから…


冒頭に書いた『未来』のイメージとのギャップを歌にした。
CHAGE&ASKAの『21世紀』のような雰囲気にしたかったので、自ずとスリーフィンガー伴奏となった。
そして前奏は、さだまさしの『長崎BREEZE』を参考にした。
マイナーコードで始まり、歌頭はメジャーコード、サビでは思いっきりマイナーコード…
この曲のコンセプトにピッタリだ。




未来/YABU

頭でっかちな人間が増え始めてる
手先ばかり器用な人間が増え始めてる
もちろん自分はそうなりたくないと願ってるけど
そういう奴等に未来はないらしい

僕等はだんだん貧弱になってゆく
彼等はだんだん精密になってゆく
鉄の塊を磨いている場合じゃない
狂気染みた学者を笑っている場合じゃない

今のままじゃいかないにしても
流れた時は戻らないにしても
描く気にもなれない未来 それが未来
膝を抱えて待つだけの未来


手際のいい奴だけが持てはやされてる
汗を流しても報われない時代がやってくる
さっき発明したものがもう役に立たない
捨て場所のない使い捨てが連なってる

昨日がだんだん埃っぽくなってゆく
明日がだんだん油臭くなってゆく
コンクリートを流し込んでいる場合じゃない
生ぬるい風を平気で受けてる場合じゃない

今のままじゃいかないにしても
流れた時は戻らないにしても
描く気にもなれない未来 それが未来
膝を抱えて待つだけの未来

ひとりサーカス 

その人はミュージシャンとしては申し分ない…
「自分はギター下手だから」と言いながら、かなりの腕前。
歌も勿論上手く、声量は半端じゃない。
本当にステージでもマイクがいらないくらいだった。

尊敬に値する人物と言いたいところだが、好きにはなれなかった。
性格が悪い。

俺も親友Sもしょっちゅうおちょくられていた。
後輩だけならまだしも、先輩にも平気でちょっかいを出す…
マジで嫌がっているのに、なかなかやめようとしないお調子者。
良く言えば「人懐っこい」とでも言うのだろうか、同輩達からは嫌われている様子ではなかった。
むしろ、友達は多かったように思う。

たった1度だけ、褒め言葉まがいの意見を聞いた。
シンデレラの肖像が評判な中、同時期に作った曲を、
「ワシはこっちのほうが好きじゃの!」
と言ってくれた。
何が嬉しかったかというと、作った本人がこっちのほうが気に入っていたからである。

だが、先輩に向かって「この曲の題材は貴方です。」とは、さすがに言えない。




ひとりサーカス/YABU

あんたがいちばん偉いと思った
だから今まで従ってきたんだ
命綱をあんたの体に結びつけ
不安定な自分を支えてきた

例えそれが騙し合いだとしても
上手くやっていけば それでいい
自分の目的を果たすまでの
踏み台に出来れば最高

サーカスひとり踊るよ 誰もいないステージ
サーカスひとり踊るよ つぎはぎの衣裳で
サーカスひとり踊るよ 空腹を癒すために
操りピエロ


愛想笑いがもっと上手かったら
少しは真っ直ぐな道を歩けた
だけど終演までの時間は長いほど
人の顔色を伺っていられる

何にもわかっていなくても
そのまま流れに同化してしまえ
それで利益を得られたなら
なにより利口な生き方だ

サーカスひとり踊るよ 誰もいないステージ
サーカスひとり踊るよ つぎはぎの衣裳で
サーカスひとり踊るよ 空腹を癒すために
操りピエロ





社会人になっても、たまにLIVEで顔を合わすことがあった。
「こんな奴のどこがええんです?」と、
俺の結婚相手にマジ顔で言ったことを覚えている。

少々ムカついた。

だが話す機会がほとんどなくなったからだろうか…
次第に毛嫌い意識は薄れ、社会人になっても音楽を続ける仲間として見れるようになった。

しばらく会う事もなかったが、あるLIVEで偶然一緒になった。
相変わらず口は達者だ。
だが、ある事情で片足が不自由になっていた。

入院の知らせを聞いたのは、それから数ヶ月後。
すぐさま見舞いに行ったが、もう全身麻痺に近い状態。
病名は「筋ジストロフィーに似ているがわからない」

俺の顔を見て何かつぶやいていたが、残念ながら聞き取ることは出来なかった。
思い悩まないためにも、「喜んでいる」という母親の言葉を鵜呑みすることにした。


まもなく、訃報が届いた。

残念でならなかった。

通夜に行き、「ある意味親しかったのかもしれない」ことを感じた。


こんな歌で申し訳ないが、俺にとってのその人は、今でもこの曲の中にいる。
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