YABUへびぃ 2009年01月

オリジナル曲作成・カヴァー曲選曲・心に残っている名曲にまつわる裏話、或いは日々の生活をのんびり暴露していきます。

YABUへびぃ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

しゃぼん玉 

しゃぼん玉/長渕 剛

ひりひりと傷口にしみて 眠れなかったよ
泣きっ面にしょんべん ひっかけられた夜
薄情な男だと 夜を一枚ひんめくりゃ
ぐずぐずしてちゃいけねえと 照れずに思えた
つまらぬこだわりは 身を縮めるだけだった
ほんの一瞬でも お前を愛せてよかった
枯れ果ててしまっても 温もりだけは残ったよ
妙に悲しくて いさぎよくて
本当に気持ちよかったよ

淋々と泣きながら はじけてとんだけど
もっと俺は俺で ありますように
いったい俺たちはノッペリとした 都会の空に
いくつのしゃぼん玉を 打ち上げるのだろう?


きしりきしりと横っ腹が 痛かった
馬鹿っ面ぶら下げて上等だと ひらきなおった
人生が少しだけ うるさくなってきたけど
逃げ場所のない覚悟が 夢に変わった
帰りたいけど帰れない もどりたいけどもどれない

そう考えたら俺も 涙が出てきたよ
くじけないで なげかないで うらまないでとばそうよ
あの時笑って作った しゃぼん玉のように

淋々と泣きながら はじけてとんだけど
もっと俺は俺で ありますように
いったい俺たちはノッペリとした 都会の空に
いくつのしゃぼん玉を 打ち上げるのだろう?





ご存知、1991年に放映された本人主演TVドラマ「しゃぼん玉」の主題歌である。
ドラマの主題歌だったこともあり、そこそこヒットした。

だが、むかしからの長渕ファンとしては許せない。

まったく同じタイトルで二つの曲を世に出した例があっただろうか…

初期の長渕を聴いている人なら誰でも知っている。
1981年に発売されたアルバム『LIVE』に、まったく別の『しゃぼん玉』が収録されている。

こんなタイトルを付けてほしくはないが、『しゃぼん玉 Ⅱ』だとか『新・しゃぼん玉』だとか、あるいはさだまさし風に『もうひとつのしゃぼん玉』だとか付け様があっただろう。

こっちの『しゃぼん玉』のほうが、断然好きだ。
高校時代、ギターをかき鳴らしながらよく家で歌っていた。




しゃぼん玉/長渕 剛

いくつもの星たちが 輝き始めると
淋しさを想い出したんだ
だからと言って とぎれた糸を
たぐりよせる みじめさもない

一人でいることの 後悔ばかりを
あいつのせいにするのは もうやめよう ああ

Lonly Lonly Lonly 君の愛と
Lonly Lonly Lonly 僕の愛は
静かにとんで 消えて行った
いつかの しゃぼん玉のようさ

Lonly Lonly Lonly 君の愛と
Lonly Lonly Lonly 僕の愛は
静かにとんで 消えて行った
いつかの しゃぼん玉のようさ


タバコに火をつけ 息をすいこめば
ため息まじりの唄がきこえる
だからと言って やがてやってくる
けだるい朝を 向かえたくもない

雲にかくれた 満月の月に
あいつのすべてを 許してしまおう ああ

Lonly Lonly Lonly 君の愛と
Lonly Lonly Lonly 僕の愛は
静かにとんで 消えて行った
いつかの しゃぼん玉のようさ

Lonly Lonly Lonly 君の愛と
Lonly Lonly Lonly 僕の愛は
静かにとんで 消えて行った
いつかの しゃぼん玉のようさ
スポンサーサイト
この1曲  /  tb: 0  /  cm: 3  /  △top

天国は遠くの街 

BOROを初めて聴いたのは、1982年10月にリリースされたアルバム『愛』。
もちろん『大阪で生まれた女』は知っていたが、然程興味がなかった。

LPレコード『愛』を買ったのも、何となくだった。
だが何となく気に入り、それ以来聴くようになった。

実は、今一番欲しいアルバムがこの『愛』。

『愛』BORO

いつかの引越しの時に、レコードは全部処分してしまった。
その時はそれほどお気に入りではなかったのだろう。
カセットテープにも録っていたのだが、捨ててしまったのだろうか…探しても見当たらない。

ネットでもいろいろ探してみた。
『愛』よりも10ヶ月前にリリースされたアルバム『罪』は、CDが発売されているのを確認した。
しかしながら『愛』は、CDがあるのかどうか定かではない。

ヤフオクでLPレコードが出品されている。
手に入れても聴く手立てがない。
なにより、レコードの雑音がレコードしかない時代から嫌いなのだ。

いや、そんなことは言ってられない。
『愛』のCDがこの世に存在しないなら、LPレコードとレコードプレイヤーを買わなくてはならない。

ここで歌詞を載せたかったのは、その『愛』のラストに収録されている曲『海に架かる橋』なのだが、所々どうしても思い出せない。

というわけで『罪』に収録されている曲を載せることにした。
この曲はステージで歌ったこともある。

昨日知ったのだが、松田優作に提供した曲、『天国は遠くの町』らしい。
下記の歌詞とは所々単語が違う。




天国は遠くの街/BORO

国道はおりからの 雨と宝石のしずく
ヘッドライトはカミソリのように アスファルトさえ切り刻んだ

鍵もかけずに出てきた アパートがちょっと気がかり
でもこころに鍵をかけたのは あんたと別れたせい

ここから天国は遠くの街
その門を叩いたものは 二度と帰らない


まずしかった青春 肩をならべて震えた部屋
おきざりにされたろうの人形はあんたが愛したあたし

ふとすれちがった風が 涙を乾かせてくれたこともある
でもそれを幸せと呼べたのかどうかは 今でもわからない

たどりつきもしないのに 立ち止まって振り返るのはやめよう
こころに鍵をかけたままのみにくい生き方も

ここから天国は遠くの街
その門を叩いたものは 二度と帰らない

ここから天国は遠くの街
その門を叩いたものは 二度と帰らない

雨やどり 

雨やどり/さだまさし

それはまだ 私が神様を信じなかった頃
九月のとある木曜日に雨が降りまして
こんな日に素敵な彼が現れないかと
思ったところへ あなたが雨やどり

すいませんねと笑うあなたの笑顔 とても凛凛しくて
前歯から右に四本目に虫歯がありまして
しかたがないので買ったばかりのスヌーピーのハンカチ
貸してあげたけど傘の方が良かったかしら

でも爽やかさがとても素敵だったので
そこは苦しい時だけの神だのみ
もしも もしも 出来ることでしたれば
あの人に も一度逢わせてちょうだいませませ

ところが実に偶然というのは恐ろしいもので
今年の初詣でに 私の晴着のスソ踏んづけて
あっこりゃまたすいませんねと笑う 口元から虫歯がキラリン
夢かと思って ほっぺつねったら痛かった


そんな馬鹿げた話は 今まで聞いたことがないと
ママも兄貴も死ぬ程に笑いころげる奴らでして
それでも私が突然 口紅などつけたものだから
おまえ大丈夫かと おでこに手をあてた

本当ならつれて来てみろという リクエストにお応えして
五月のとある水曜日に 彼を呼びまして
自信たっぷりに紹介したらば 彼の靴下に穴がポカリン
あわてておさえたけど しっかり見られた

でも爽やかさがとても素敵だわとうけたので
彼が気をよくして急に
もしも もしも 出来ることでしたれば
この人をお嫁さんにちょうだいませませ

その後私気を失ってたから よくわからないけど
目が覚めたらそういう話がすっかり出来あがっていて
おめでとうって言われて も一度気を失って
気がついたらあなたの腕に雨やどり





たま~にではあるが、ステージでさだまさしを歌うと、
「似ている」と言われることがある。

もちろん自分では、これっぽっちも似てると思ったことはない。
さだまさしのか細い声と俺の低い声、むしろ正反対なくらいだ。

とはいえ、高校1年の冬にギターを始めてから大学に入るまではずっと家で弾き語り続けたこともあり、初期の頃の曲は今でも大体歌詞を見ずに歌いまわしまで真似出来る。

多分それが「似ている」と言わせるのだろう。

むかしは、カヴァー曲を人前で演奏するということに偏見を持っていた。
本物のほうが絶対いいに決まってるのに、なぜわざわざ物真似を披露するのか…
自分達なりにアレンジを変えて演奏するならまだしも、お金を払って観に来るお客さんに対して失礼だ!

そんなわけで、おたぶを結成するまではほとんどカヴァーなどしなかった。

ところがどういうわけか、おたぶでカヴァーをやることに何のためらいもなかった。
おたみが自然にカヴァーをやっているのに多少影響されたのかもしれない。
そして、けっこうカヴァーも楽しいことに気づいた。
なにより、それを期待しているお客さんもいっぱいいることに気づいた。

それからは、YABUのソロでもカヴァーをぽつぽつとやるようになった。
(というほどソロステージ自体をやってないが…)

がしかし、さすがにこの曲はやろうかやるまいか迷った。
好きな曲ではある。
ただ、この手の軟弱と言われる曲は人前ではやったことがなかった。
小山卓治だとかBOROだとか、あくまでYABUのイメージを崩さない曲を選んでいた。

だが、おたぶをやりだしてそのイメージも薄れつつあったこともあり、思い切ってやってみた。
案外、何の違和感もなく出来た。
観客はみんな酔っ払いということもあったが、ウケもまあまあ…

最近では、むかしは考えられなかった女性ヴォーカルの曲も歌ってみたいと思っている。

そういえば、公の場で歌った女性ヴォーカルの曲は、
まだおたみの『いま 夜空へ』1曲だ。

ケ・セラ・セラ 

2004年9月25日ライヴ楽座にて、つくばねトリオLIVE。
おたぶもオープニングアクトで参加…の予定だったが、
つくばねさんは「早く終わらせて飲みたい」ということだったので、オープニングアクトならぬエンディングアクトを務めさせてもらった。

なにしろ、俺もおたみも尊敬するつくばねさんと一緒にやれるという
ことで、2人とも何時に無く気合が入った。

新しい曲も何曲かチョイスした。
その中の1曲として、これを選んだ。

『ケ・セラ・セラ』といえば、ペギー葉山が有名。
他にも何人かカヴァーしているが、歌詞がおたぶに一番しっくりくる、そしてアレンジも一番面白そうだったので、ジブリ映画『ホーホケキョとなりの山田くん』の挿入歌として使われているものを選んだ。

この時の音源を引っ張り出して、聴いてみた。
上手い! 俺もおたみも…

しかし、あくまでデモ音源。
本番はもっといっぱい失敗したような気がする。


「♪なるように~なる~」
とは、まさにおたぶのコンセプトそのものだ。
決して、「練習しなくてもなるようになる」と言いたいわけではない。

なにはともあれ、またこれぐらい練習を積んだLIVEがしたくなった。
出来ればまた、つくばねさんと…




ケ・セラ・セラ/山田家の人々 他

恋をして彼に私はたずねた
来る日も 来る日も虹の色ね

ケ・セラ・セラなるようになる
先のことなどわからない
ケ・セラ・セラ

ケ・セラ・セラなるようになる
先のことなどわからない
ケ・セラ・セラ

今では こどもが私にたずねる
なるかな かっこよく お金持ちに

ケ・セラ・セラなるようになる
先のことなどわからない
ケ・セラ・セラ
ケ・セラ・セラ

ハミングバード 

今朝も薄ら雪化粧…

そういえば、
雪といえば、まだ大好きなYUKIを記事にしていなかった。

JUDY&MARYを聴き出したのは、『そばかす』がヒットしてからだ。
テレビで演奏しているのを観て、好きになった。
それまで、もちろん名前は知っていたが曲は聞き流していた。

解散のときは、非常に残念に思った。

ソロ2ndシングル『プリズム』はひどく気に入ったものの、アルバムにはあまり期待していなかった。
案の定、『元気』が売り物だったJUDY&MARYにくらべて、随分おとなしめだった。
それでも聴くことを止めなかったのは、やはり声そのものと歌い方が好きだったからだろう。

2nd、3rdアルバムと進むにつれて、俺の中では評価が上がっていった。
一番好きな曲がこれ。




ハミングバード/YUKI

曖昧で それでいて 表情に無理は無くて
「気にしないで」って言えないで 2人。途方に暮れた
「愛情で?友情で?」
13回目のファイナルアンサー Just like π 割り切れないわ
飛行機雲見えた時に
ハミングバード フライアウェイ   
さすらうよ フェイドアウェイ
All the way I think of you
そのための Song of you

せいいっぱいの恋愛で、神経性でスリープレスナイト
楽しんだぶん ヘビーウェイト ああ 泣きたくなるんだ
Search light on me, you are my sun.
私だけを照らす太陽
かんちがいでいい 思いたいよう
やさしく 抱いていよう

時に ハミングバード フライアウェイ
カミングアウト Say Hello!
All the way I think of you
そのための Song of you
いつまで・・・さえずるのよ?・・・いつまで?

白いキャンバスに描く空
深いスカイブルー越えたら
広がる 無限のジオラマ
夢でもう一度 逢えるなら
ライラライ このメロディーを贈るよ ヘブンリー
ゆら ゆら 漂う風になる
ゆら ゆら ゆら

いつまで…?

白いキャンバスに描く空
深いスカイブルー越えたら
広がる 無限のジオラマ
夢でもう一度 逢えるなら
ライラライ このメロディーを贈るよ ヘブンリー
ゆら ゆら 漂う風になる
ゆら ゆら ゆら

ふら ふら 重なる影になる
ふら ふら ふら

曖昧で それでいて 表情に無理は無くて
「気にしないで」って言えないで 2人。途方に暮れた
それぞれの道歩き
赤い目こすりながら
月明かりに照らされた2人
同じ 夢を見た。





なんといってもアレンジがいい。
A.ギターソロで始まるイントロは、思わずコピーしたくなる。

この曲でなくてもいいのだが、YUKIの曲を1曲、おたぶでやってみたいものだ。

実はそれとなく、「やりたい曲がある」と言ってみたことはあるのだが、闇の中に葬りさられてしまった。

おたみもキライではないはず。
YUKI のソロこそそんなには聴かないが、JUDY&MARYは結構好きである。
だが歌うことの好きなおたみであるが、JUDY&MARYを口ずさんでいるのを聴いたことがない。

やはり、きっちり五線譜通りに歌うおたみにとって、YUKIの歌は難しいのだろうか…
そういえば、語り口調・英語・shout、おたみの苦手な要素がいっぱい含まれている。
この1曲  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

年下の男の子 

1月12日

仕事が休みだったのでi-Podの曲を増やすべく、CDを数枚レンタルしてきた。

仕事中に聴くのは、やはり耳に馴染んだものがいいという思いがあり、どれもシングルコレクションぽいものだが、キャンディーズ2枚・山口百恵・爆風スランプ・松田聖子(これはマキシシングル)。

夕方、会社から電話があった。
「明日は、ちょっと松江に行ってもらうけぇ。」

マジ?
向こうの天気予報が雪だということは、すでに知っていた。

「10時頃着けばええけぇ6時50分に会社に来てね。朝、説明するけぇ。」

確かに普通なら3時間で着くが…とは思ったが、話をざっと聞いたところ3時間ぐらいで済みそうな内容だったので、「わかりました」と返事した。




1月13日 朝

中国道に入ると西風新都あたりで早くも道路は白くなってきた。
もちろん天候は雪。
にもかかわらずかなりの交通量で60km/h走行。
安佐SAでタイヤチェックのため、少し渋滞。
三次ICを下りる頃には、すでに1時間半が経過していたため、会社に電話した。
「10時には到底着かんよ」

「わかった、向こうには言っとく。」

その時はまだ、「11時頃には着けるだろう」と思っていた。


甘かった。

峠はアイスバーンでオフロード状態。
少しましな所でも雪道、40km/h以下で走る大型を抜けるスポットなどありはしない。

現場に着いたのは昼前だったので、ちょっと下見し、仕事は午後からとなった。


1月13日 夕方

4時半に現場を出た。
もちろんスローペースだが30分ほどは問題無く走っていた。

急にペースダウン。
2台前の軽四が20km/hで走っている。スペースがあっても後続車に道を譲ろうともしない。
いくら雪道といっても、イライラした。
あっという間に後ろは長蛇の列…

そして峠に差し掛かる手前で、おまわりさんに停められた。
何やら、1台1台に説明してまわっている。
「すいません。雪かき車が下りてくるまで、通行止めになります。」

その言い草から、30分も待てば通れるかと思い待った。

2時間も…。

引き返して、浜田を廻って帰ったほうが早かった。
いや、あと10分早く通過していれば…
俺は、その軽四を恨んだ。

会社に着いたのは午後11時前。
神戸に帰省するより長い間、車中に閉じ込められていた。

ついつい愚痴っぽい記事になってしまったが書きたかったことは、
前日i-Podに新たな曲をたくさん詰め込んだおかげで、眠たくなることは無かったということ。

とくに、キャンディーズがいい。
山口百恵は、運転中のB.G.M.としてはちょっと暗い。
爆風スランプは流れなかった。入れ忘れたようだ。




年下の男の子/キャンディーズ

真赤なリンゴをほおばる
ネイビーブルーのTシャツ
あいつは あいつはかわいい
年下の男の子
淋しがりやで 生意気で
にくらしいけど 好きなの
LOVE 投げキッス
私の事好きかしら はっきりきかせて
ボタンのとれてるポケット
汚れてまるめたハンカチ
あいつは あいつはかわいい
年下の男の子


デートの時間に遅れる
いつでもケンカをしかける
あいつは あいつはかわいい
年下の男の子
忘れん坊で わがままで
いじわるだけど好きなの
LOVE 投げキッス
私の事好きかしら はっきりきかせて
片方なくした手袋
ほどけたまんまの 靴ひも
あいつは あいつはかわいい
年下の男の子


淋しがりやで 生意気で
にくらしいけど 好きなの
LOVE 投げキッス
私の事好きかしら はっきりきかせて
ボタンのとれてるポケット
汚れてまるめたハンカチ
あいつは あいつはかわいい
年下の男の子





やはり、ピンクレディーよりキャンディーズだ。
もちろん、痩せているミキのファンだった。

この曲がヒットした頃の俺は、
リンゴは切ってもらわないと食べない。
Tシャツは黄色系が好き。
ハンカチなど持たない。
手が冷たくても手袋などしない。
ひも靴は嫌い。

「年下の男の子」という以外、なにひとつ当てはまらないことにがっかりした。
日記  /  tb: 0  /  cm: 4  /  △top

最高のギタリスト 

正月休みも終わったことだし、話を戻すことにしよう。


SYMPHPNYは、4~5年は精力的に活動した。
組んで2~3年は2人とも何故か学生だったこともあるのだが…

元々、修大フォーク部OBと広大フォーク部OB。
修大広大を交互に、練習場所には困らなかった。

むかしほどではないにしろ、社会人になろうと結婚しようと、2人とも辞める気持ちはなかった。
相棒が仕事の都合で、田舎の山奥に住居を移した。
それでも、片道1時間かけて、月2回ぐらいは高速道路を飛ばした。

しかし、どうしようもない転機が訪れた。
相棒の大阪への転勤…

「また広島に戻ってくる」と言うので、俺は待つことにした。
ソロ活動を考えないでもなかったが、やはりそれに慣れていたせいもありリードギターがないと寂しい。
ましてや多くの音楽仲間から絶賛されていたギタリストが抜けた穴は大きい。
そんな条件でステージに立つ自信はなかった。

2年後だったか、彼は約束通り戻ってきた。
もちろんSYMPHONYを再開した。

向こうではほとんどギターを弾いていなかったらしく、リハビリから…
しかしながら、その姿はむかしと変わらず熱心で、楽しそうにも見えた。

むかしの曲を弾き熟すのが精一杯な状態だったが、俺は曲を作った。
相棒への感謝の意を込めて…





最高のギタリスト/YABU

目的なんてないけど 互いに同じものを追いかけた
べつに悔やんでなんかないさ 歌い続けて過ごした時間

近頃それぞれの都合に追われて
目に見えない勲章を忘れかけていた
思い通りにならない現実だけど
むかしはむかし 僕達は僕達 今は今

最高のギターで 僕を誘惑してくれ
僕に歌う勇気を与えてくれ
浮かれるシルエット 汗ばむ顔を歪めて
粋なリズム刻んでる そんなおまえが格好いいのさ


一緒に楽しんでいた 一緒に落ち込む時もあった
二人して赤字と闘っていた 嫌な奴に腹を立てていた

おまえの奏でる如何にもおまえらしいメロディーが
孤独になった僕を引き戻す
何が要らなくて何が欲しいか考えるより
変わらない表情を持っていたいのさ

最高のギターで 僕を誘惑してくれ
僕に歌う勇気を与えてくれ
浮かれるシルエット 汗ばむ顔を歪めて
粋なリズム刻んでる そんなおまえが格好いいのさ





照れくさかったのだろうか、彼は曲に対する評価をくれなかった。
ひょっとしたら、やや衰えた彼への皮肉に聞こえたのかも知れない。
そう思わせるぐらい、なかなか納得の行くアレンジに納まらなかった。

少なくとも俺は、そんな思いを抱えたままステージでの披露となった。

俺自身は凄く気に入ってる曲だが、独り善がりだったのかも知れない。


その後SYMPHONYはしばらく続いたが、再び彼が大阪へ舞い戻る日がやって来た。
前回は単身赴任だったが、今度は家族で引越し。

それ以来、彼とは年賀状だけの付き合いになってしまった。


※なお、今回の記事に限り記憶の曖昧なところがあり、年月等、事実と違う点があるかもしれません。

しあわせの唄 

話が前後するが、実は年末にもうひとつのサプライズがあった。

12月27日、会社でたな卸しがあった。
以前から卑弥呼さんと約束していた、廃棄するフローリング材を『蔵』再建のためにとっておくため、会社の車に積み込んだ。

卑弥呼のマスターが、
「いつでも電話してくれれば軽トラで取りに行く」
と言っていてくれたのだが、到底軽トラに積める量ではない。

少々遠いので、「たいぎ~」と思うこともあるが、行くと「よかった」と思えるのが卑弥呼である。
どっちみち、正月休み中に車の中を空にしておかなければならないので、翌日早速おたみと二人でフローリング材を持って行くことにした。

御宝屋カフェで昼食をとり、のんびりくつろいでいると、一人の女性が来店した。

もちろん、その時点では気にもとめていなかった。

俺達はもちろん長居した。
その女性も長居していた。
ここで長居する通りすがりのお客さんはけっこういるので、べつに不思議にも思わなかった。


2~3時間経ったろうか、卑弥呼のママさんがその女性と何やら話しているようだった。
顔見知りでないお客さんが来ると、ママさんは必ず「どちらからお出でですか?」と尋ねる。

其処までは、いつもと変わらぬ風景だった。

ところがその女性、昨年の『蔵』イベントで我々おたぶのLIVEを観て、ホームページも覗いてくれていると言うのだ。

おたみはすぐさま、その女性に話しかけた。
そして同じ広島市の人だということも判明した。

ママさんの「おたぶ、やったら?」の一言でアンプラグドLIVEを決行した。
観客は一人…


何しろ、7月以来ギターケースを開けていない上に左手の爪は伸び放題。
おたぶには必需のカポタストも無く、持参していた楽譜も僅か…

そんな条件で「やろう」と思ったのは、その女性に出会えた感動からだろう。

合間にお喋りを挟みながら数曲演奏した。

つくばねさんの『月の導』、オリジナル『しあわせの芽』、この2曲は楽譜無しでいつでも弾けるので問題なかった。

中島みゆきの『糸』、「いつかやろう」と言っただけで、まだ練習にとりかかっていない曲。
そして、持参した楽譜のオリジナルキーでは低すぎておたみは歌い辛い。
それでもこの曲がやりたかったので、コードを頭の中で変換しながら演奏した。

もう1曲つくばねさんの、『しあわせの唄』。
おたみソロでは何度かカヴァーしているのだが、おたぶでは確かもう1人交えて1回だけやった記憶がある。

無難に演奏を始めたのだが、おたみのキーでは声が出ないため、サビに入ると1オクターブ下げて歌い始めた。
ほとんどの曲がそうなのだが、やはりサビは高い音で盛り上げるべきだ。
そう思い、俺はとっさにサビを歌い始めた。
すると、おたみがハモにまわる。

完成度はかなり低いが、気持ちのいい演奏だった。

何より自分の曲でさえ相当練習しなければ満足に歌えない、カラオケに行ってもなかなか歌わない俺が、ほとんど歌ったことのない曲をいきなり人前で歌いだしたことに、おたみは驚いていた。

やはり「出会いの感動」の力なのだろうか…




しあわせの唄/つくばねトリオ

おなかが出てきた 小ジワが増えた
老眼になった 白髪になった
耳毛が伸びた 肩こりになった
物忘れがひどくなった

ずるっとなくなった 入れ歯になった
腰が曲がってきた 耳が遠くなった
父ちゃんが死んだ 母ちゃんも死んだ
あの頃のような元気はないが

それでも僕は胸を張って 幸せだと言おう
今日まで生きれて ホントによかった
順番通りでよかった

死に急ぐほど 悪くはないさ
世の中捨てたもんじゃない
ここまで生きれて 僕は幸せ
順番通りで幸せ





この曲を始めて聴いた時、「ヤラレタ」と思った。
こういう感じの詞を作ってみたいと思っていたと同時に、例え偉大なミュージシャンが作った曲だろうと「俺ならこう表現する」と批判めいたことを思いつくのだが、この曲には脱帽した。
この1曲  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top

 

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。




流れ的には「SYMPHONYのその後」について記事にするつもりだったのだが、昨日神戸の実家にてとんでもないサプライズがあったので、急遽変更することにした。




糸/中島みゆき

なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない

なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ
こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない

縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出会えることを
人は 仕合せと呼びます





この曲はゆくゆくおたぶでもカヴァーしようと思っていた。
もちろんおたみと出逢えたのも運命の赤い糸というやつで、お互いそれまでの人生がちょっとでも他の道に反れていたなら、二人が出逢うことはなかったわけである。

男女の関係ではなくとも、思いがけない場所で思いがけない人に出会う偶然、また人と人とが思いがけないところで繋がっていた偶然、それは時として「奇跡」とも言える。




時はさかのぼり、数年前俺は社員旅行で東京へ行った。
自由行動の時、俺は「せっかく近くまで来たのだから…」と思い、然程興味もなかったのだが数名と共に東京タワーに昇った。

その展望台で奇跡は起きた。

山口県在住の音楽仲間で、『ひまわりのうた』のアレンジを手がけてもらったG氏にばったり出会ったのだ。
もちろん、お互い東京に来ていることすら知らなかった。
近県で知り合いにばったり出会ったことは何度かあったが、何の所縁もない場所で知り合いに出会ったことは、まさに奇跡。


昨日まではこの出来事が、「偶然の出会い」においてナンバー1のサプライズだった。




さて、昨日はおたみと二人で俺の実家・神戸(西宮)へ帰省していた。
ちょうど暮れに、よく話題にもする三次市の卑弥呼『蔵』に出向いたこともあり、手土産に三次の名物「乳団子」を持参した。

おたみの手から受け取ったのは俺の姉、
姉「ああ、みよしの…」
おたみ「みよしを知っとってですか?」

広島県人以外に「三次」を「みよし」と読める人は、そうはいない。

関西イントネーションとコテコテの広島弁の会話が続く。
姉「うん…、三次駅前の店に友達がいるの。」
「まさか…」 おたみもそう思ったに違いない。

姉「ひみこ…、だったかな…」

「え~~っ!?」
物事にはあまり動じない俺も、さすがに声を出さずにはいられなかった。

聞くところによると、十数年前姉は会社の同僚とスペイン旅行ツアーに参加し、そこで卑弥呼のママ・Sさんと知り合ったらしい。
ツアー中一緒に写真を撮ったり、けっこう仲良く過ごした間柄だと言うのだ。
その後間もなく、姉は卑弥呼にも訪れていた。

信じられない…いや、信じていないわけではなかったが、その時の写真を見せてもらった。
そこには紛れもなく、姉と若かりし頃のSさんが一緒に写っていた。

それ以来、連絡をとっていないそうだ。
すぐにでも姉を卑弥呼へ連れていきたい気分だった。

「Sさんに電話してみようか…」
と、おたみが言い出した。

Sさんはついこの前も自分で言っていたが、人の名前を覚えるのが苦手。
ましてや十数年前のこと…

とは言っても一緒にツアーを周った間柄、「覚えていないわけがない。」
そう確信した。

姉がおたみから電話を受け取った。

「久しぶり~、元気ぃ~?」
電話の向こうの声が聞こえるはずもないが、そう聞こえた。

「Mちゃんも元気ぃ?」
僅かな不安をよそに、Sさんは姉の同僚の名前もしっかり覚えていた。

しばらく電話での会話がはずんだ。

何か、幸せな気分になれた。

姉と卑弥呼が世界を通じて繋がっていたとは、まさに空前絶後な出来事である。
この1曲  /  tb: 0  /  cm: 2  /  △top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。