YABUへびぃ 2009年01月

オリジナル曲作成・カヴァー曲選曲・心に残っている名曲にまつわる裏話、或いは日々の生活をのんびり暴露していきます。

YABUへびぃ

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天国は遠くの街 

BOROを初めて聴いたのは、1982年10月にリリースされたアルバム『愛』。
もちろん『大阪で生まれた女』は知っていたが、然程興味がなかった。

LPレコード『愛』を買ったのも、何となくだった。
だが何となく気に入り、それ以来聴くようになった。

実は、今一番欲しいアルバムがこの『愛』。

『愛』BORO

いつかの引越しの時に、レコードは全部処分してしまった。
その時はそれほどお気に入りではなかったのだろう。
カセットテープにも録っていたのだが、捨ててしまったのだろうか…探しても見当たらない。

ネットでもいろいろ探してみた。
『愛』よりも10ヶ月前にリリースされたアルバム『罪』は、CDが発売されているのを確認した。
しかしながら『愛』は、CDがあるのかどうか定かではない。

ヤフオクでLPレコードが出品されている。
手に入れても聴く手立てがない。
なにより、レコードの雑音がレコードしかない時代から嫌いなのだ。

いや、そんなことは言ってられない。
『愛』のCDがこの世に存在しないなら、LPレコードとレコードプレイヤーを買わなくてはならない。

ここで歌詞を載せたかったのは、その『愛』のラストに収録されている曲『海に架かる橋』なのだが、所々どうしても思い出せない。

というわけで『罪』に収録されている曲を載せることにした。
この曲はステージで歌ったこともある。

昨日知ったのだが、松田優作に提供した曲、『天国は遠くの町』らしい。
下記の歌詞とは所々単語が違う。




天国は遠くの街/BORO

国道はおりからの 雨と宝石のしずく
ヘッドライトはカミソリのように アスファルトさえ切り刻んだ

鍵もかけずに出てきた アパートがちょっと気がかり
でもこころに鍵をかけたのは あんたと別れたせい

ここから天国は遠くの街
その門を叩いたものは 二度と帰らない


まずしかった青春 肩をならべて震えた部屋
おきざりにされたろうの人形はあんたが愛したあたし

ふとすれちがった風が 涙を乾かせてくれたこともある
でもそれを幸せと呼べたのかどうかは 今でもわからない

たどりつきもしないのに 立ち止まって振り返るのはやめよう
こころに鍵をかけたままのみにくい生き方も

ここから天国は遠くの街
その門を叩いたものは 二度と帰らない

ここから天国は遠くの街
その門を叩いたものは 二度と帰らない

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ケ・セラ・セラ 

2004年9月25日ライヴ楽座にて、つくばねトリオLIVE。
おたぶもオープニングアクトで参加…の予定だったが、
つくばねさんは「早く終わらせて飲みたい」ということだったので、オープニングアクトならぬエンディングアクトを務めさせてもらった。

なにしろ、俺もおたみも尊敬するつくばねさんと一緒にやれるという
ことで、2人とも何時に無く気合が入った。

新しい曲も何曲かチョイスした。
その中の1曲として、これを選んだ。

『ケ・セラ・セラ』といえば、ペギー葉山が有名。
他にも何人かカヴァーしているが、歌詞がおたぶに一番しっくりくる、そしてアレンジも一番面白そうだったので、ジブリ映画『ホーホケキョとなりの山田くん』の挿入歌として使われているものを選んだ。

この時の音源を引っ張り出して、聴いてみた。
上手い! 俺もおたみも…

しかし、あくまでデモ音源。
本番はもっといっぱい失敗したような気がする。


「♪なるように~なる~」
とは、まさにおたぶのコンセプトそのものだ。
決して、「練習しなくてもなるようになる」と言いたいわけではない。

なにはともあれ、またこれぐらい練習を積んだLIVEがしたくなった。
出来ればまた、つくばねさんと…




ケ・セラ・セラ/山田家の人々 他

恋をして彼に私はたずねた
来る日も 来る日も虹の色ね

ケ・セラ・セラなるようになる
先のことなどわからない
ケ・セラ・セラ

ケ・セラ・セラなるようになる
先のことなどわからない
ケ・セラ・セラ

今では こどもが私にたずねる
なるかな かっこよく お金持ちに

ケ・セラ・セラなるようになる
先のことなどわからない
ケ・セラ・セラ
ケ・セラ・セラ

最高のギタリスト 

正月休みも終わったことだし、話を戻すことにしよう。


SYMPHPNYは、4~5年は精力的に活動した。
組んで2~3年は2人とも何故か学生だったこともあるのだが…

元々、修大フォーク部OBと広大フォーク部OB。
修大広大を交互に、練習場所には困らなかった。

むかしほどではないにしろ、社会人になろうと結婚しようと、2人とも辞める気持ちはなかった。
相棒が仕事の都合で、田舎の山奥に住居を移した。
それでも、片道1時間かけて、月2回ぐらいは高速道路を飛ばした。

しかし、どうしようもない転機が訪れた。
相棒の大阪への転勤…

「また広島に戻ってくる」と言うので、俺は待つことにした。
ソロ活動を考えないでもなかったが、やはりそれに慣れていたせいもありリードギターがないと寂しい。
ましてや多くの音楽仲間から絶賛されていたギタリストが抜けた穴は大きい。
そんな条件でステージに立つ自信はなかった。

2年後だったか、彼は約束通り戻ってきた。
もちろんSYMPHONYを再開した。

向こうではほとんどギターを弾いていなかったらしく、リハビリから…
しかしながら、その姿はむかしと変わらず熱心で、楽しそうにも見えた。

むかしの曲を弾き熟すのが精一杯な状態だったが、俺は曲を作った。
相棒への感謝の意を込めて…





最高のギタリスト/YABU

目的なんてないけど 互いに同じものを追いかけた
べつに悔やんでなんかないさ 歌い続けて過ごした時間

近頃それぞれの都合に追われて
目に見えない勲章を忘れかけていた
思い通りにならない現実だけど
むかしはむかし 僕達は僕達 今は今

最高のギターで 僕を誘惑してくれ
僕に歌う勇気を与えてくれ
浮かれるシルエット 汗ばむ顔を歪めて
粋なリズム刻んでる そんなおまえが格好いいのさ


一緒に楽しんでいた 一緒に落ち込む時もあった
二人して赤字と闘っていた 嫌な奴に腹を立てていた

おまえの奏でる如何にもおまえらしいメロディーが
孤独になった僕を引き戻す
何が要らなくて何が欲しいか考えるより
変わらない表情を持っていたいのさ

最高のギターで 僕を誘惑してくれ
僕に歌う勇気を与えてくれ
浮かれるシルエット 汗ばむ顔を歪めて
粋なリズム刻んでる そんなおまえが格好いいのさ





照れくさかったのだろうか、彼は曲に対する評価をくれなかった。
ひょっとしたら、やや衰えた彼への皮肉に聞こえたのかも知れない。
そう思わせるぐらい、なかなか納得の行くアレンジに納まらなかった。

少なくとも俺は、そんな思いを抱えたままステージでの披露となった。

俺自身は凄く気に入ってる曲だが、独り善がりだったのかも知れない。


その後SYMPHONYはしばらく続いたが、再び彼が大阪へ舞い戻る日がやって来た。
前回は単身赴任だったが、今度は家族で引越し。

それ以来、彼とは年賀状だけの付き合いになってしまった。


※なお、今回の記事に限り記憶の曖昧なところがあり、年月等、事実と違う点があるかもしれません。

しあわせの唄 

話が前後するが、実は年末にもうひとつのサプライズがあった。

12月27日、会社でたな卸しがあった。
以前から卑弥呼さんと約束していた、廃棄するフローリング材を『蔵』再建のためにとっておくため、会社の車に積み込んだ。

卑弥呼のマスターが、
「いつでも電話してくれれば軽トラで取りに行く」
と言っていてくれたのだが、到底軽トラに積める量ではない。

少々遠いので、「たいぎ~」と思うこともあるが、行くと「よかった」と思えるのが卑弥呼である。
どっちみち、正月休み中に車の中を空にしておかなければならないので、翌日早速おたみと二人でフローリング材を持って行くことにした。

御宝屋カフェで昼食をとり、のんびりくつろいでいると、一人の女性が来店した。

もちろん、その時点では気にもとめていなかった。

俺達はもちろん長居した。
その女性も長居していた。
ここで長居する通りすがりのお客さんはけっこういるので、べつに不思議にも思わなかった。


2~3時間経ったろうか、卑弥呼のママさんがその女性と何やら話しているようだった。
顔見知りでないお客さんが来ると、ママさんは必ず「どちらからお出でですか?」と尋ねる。

其処までは、いつもと変わらぬ風景だった。

ところがその女性、昨年の『蔵』イベントで我々おたぶのLIVEを観て、ホームページも覗いてくれていると言うのだ。

おたみはすぐさま、その女性に話しかけた。
そして同じ広島市の人だということも判明した。

ママさんの「おたぶ、やったら?」の一言でアンプラグドLIVEを決行した。
観客は一人…


何しろ、7月以来ギターケースを開けていない上に左手の爪は伸び放題。
おたぶには必需のカポタストも無く、持参していた楽譜も僅か…

そんな条件で「やろう」と思ったのは、その女性に出会えた感動からだろう。

合間にお喋りを挟みながら数曲演奏した。

つくばねさんの『月の導』、オリジナル『しあわせの芽』、この2曲は楽譜無しでいつでも弾けるので問題なかった。

中島みゆきの『糸』、「いつかやろう」と言っただけで、まだ練習にとりかかっていない曲。
そして、持参した楽譜のオリジナルキーでは低すぎておたみは歌い辛い。
それでもこの曲がやりたかったので、コードを頭の中で変換しながら演奏した。

もう1曲つくばねさんの、『しあわせの唄』。
おたみソロでは何度かカヴァーしているのだが、おたぶでは確かもう1人交えて1回だけやった記憶がある。

無難に演奏を始めたのだが、おたみのキーでは声が出ないため、サビに入ると1オクターブ下げて歌い始めた。
ほとんどの曲がそうなのだが、やはりサビは高い音で盛り上げるべきだ。
そう思い、俺はとっさにサビを歌い始めた。
すると、おたみがハモにまわる。

完成度はかなり低いが、気持ちのいい演奏だった。

何より自分の曲でさえ相当練習しなければ満足に歌えない、カラオケに行ってもなかなか歌わない俺が、ほとんど歌ったことのない曲をいきなり人前で歌いだしたことに、おたみは驚いていた。

やはり「出会いの感動」の力なのだろうか…




しあわせの唄/つくばねトリオ

おなかが出てきた 小ジワが増えた
老眼になった 白髪になった
耳毛が伸びた 肩こりになった
物忘れがひどくなった

ずるっとなくなった 入れ歯になった
腰が曲がってきた 耳が遠くなった
父ちゃんが死んだ 母ちゃんも死んだ
あの頃のような元気はないが

それでも僕は胸を張って 幸せだと言おう
今日まで生きれて ホントによかった
順番通りでよかった

死に急ぐほど 悪くはないさ
世の中捨てたもんじゃない
ここまで生きれて 僕は幸せ
順番通りで幸せ





この曲を始めて聴いた時、「ヤラレタ」と思った。
こういう感じの詞を作ってみたいと思っていたと同時に、例え偉大なミュージシャンが作った曲だろうと「俺ならこう表現する」と批判めいたことを思いつくのだが、この曲には脱帽した。
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