YABUへびぃ 2009年04月

オリジナル曲作成・カヴァー曲選曲・心に残っている名曲にまつわる裏話、或いは日々の生活をのんびり暴露していきます。

YABUへびぃ

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DEAD HEAT 

DEAD HEAT/YABU

弱気になった俺の心
頭の中のハンデが俺にのしかかる
だけどここで投げ出すわけにはいかない
それじゃ腹の虫が治まらない

あいつにだけは あいつにだけは負けたくない
反射神経が俺の体を奮い立たせる
今度こそは こんどこそは負けたくない
いつも得意顔でせせら笑ってるあいつを
笑い返すんだ

ダメージはそれほど引きずっていない
ゴールまでこのまま持ちこたえられそうだ
あいつの息の根を止めるまでは
あいつの息の根を止めるまでは


何かにつけて俺の才能は
あいつと比べられてばかりいた
だけどお見通しさ あいつの汚い手口
ライバルなんて冗談じゃないぜ

あいつにだけは あいつにだけは負けたくない
煮えたぎった血が体中で自ずと騒ぎ立てる
今度こそは こんどこそは負けたくない
100m先では大逆転劇が
俺を待ち構えているぜ

ダメージはそれほど引きずっていない
ゴールまでこのまま持ちこたえられそうだ
あいつを引き離すのは今
あいつを引き離すのは今





小学2年の秋、倉敷市街近郊の社宅アパートから市の外れに建てた一軒家に引っ越した。
小ぢんまりとした団地で小学校まで歩いて3分。
その団地内に背格好もよく似た同級生・Kが住んでおり、瞬く間に
仲良くなった。
小学校を卒業するまで、Kと本当によく遊んだ。
もちろん、母親同士も深い付き合いになった。

俺は小学時代、勉強は出来た。
5段階評価でオール5も何度かあった。
友人・Kも、俺よりはやや落ちるが似たような成績だった。

中学校入学。
中学校は小学校の隣にあったので、他の学区の生徒と混ざることはなかった。
学業のほうは、Kは伸びる一方。
勉強嫌いな俺はと言えば、数学こそトップレベルをキープしたものの、英・国は平均点よりちょっと上、理・社に至っては平均点を下回ることもしばしば…

「あんたは頭いいんだから…」「やれば出来る!」等と母親に期待されながら、公立高校の普通科に入れるかどうかまで落ちてしまった。
母親も、Kの自慢話を散々聞かされ辛かったろう。

話は戻るが、中学時代はKよりも、同じ野球部だったUと専ら仲が良くなった。
家はまるっきり反対方向だったが、よく遊びにも行った。
そのころ聴いていた音楽は、ほとんどUに薦められたものだ。

運よく、3人とも同じ公立高校に合格出来た。
運が関係あったのは、俺だけだろうが…

だが高校卒業後、KとUは地元の国立大学へ、俺は予備校へ入学を決めた。


この曲のモデルはあくまで友人・Kだが、全部が全部事実ではない。
Kはいいやつだった。
この2人とは、離れてもずっと付き合いを続けたいと思っていた。
あの出来事があるまでは…


それは、俺が広島に来て1年だったと思う。
久しぶりに倉敷へ行ける機会があり、旧友に連絡をとってみた。
2人とも時間が空いており、3人で会うことになった。

無口な俺でも話したいことはいくらかあったし、「クラブは何かやっているか?」とか各々の個人情報を色々聞きたかった。
ところが2人の間で、「あの娘はどうなった?」とか「あそこのパチンコ屋はどうだ」とか、いきなり俺の入り込めない話題が始まった。
そして満足に話もできないまま、俺は行ったことのないパチンコ屋に行かされる羽目になってしまった。

それ以来、二度と連絡はしていない。
恋愛のみならず、遠距離では友情も続かないものだ。
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RESIDENCE 

1985年春、修大入学とともに初めての一人暮らしが始まった。
とは言っても修大の周りに何件かある指定下宿の寮生活だ。

その一月ほど前…
母親と一緒に部屋を探しに来た時、倉敷では見られなかった雪が深々と降っており、「こんなところに住むのか!」と不安に思ったものだ。

「ちょっとでも安いところを…」と決めた寮は、どうやら一番おんぼろ
だった。
棟は3つあり、大家さんの住まいと同じ建物に2DK(2万5千円/月)が2戸。
四畳半の部屋(1万2千円/月)16戸が1棟。
六畳の部屋(1万5千円/月)4戸がもう1棟。
トイレ・水道・ガスコンロはそれぞれの棟で共同、風呂・洗濯機は
全員で共同だった。

新入生の俺はもちろん四畳半の部屋。
いちいち外に出なければいけないのだから、自炊など出来るはずもない。
風呂も入りたい時間になかなか入れなかった。

毎晩酒浸りの先輩・カープが勝てば機嫌のいい先輩・夜間通学で
顔を知らない先輩、いろいろいたが、
一番驚いたのは同級生にインスタントラーメンの作り方を知らない奴がいたことだ。

皆先輩後輩を問わず、結構あちこちの部屋へ遊びに行っていた
みたいだが、俺は夜もフォーク部に入り浸りだったため、寮での付き合いは薄かった。
ただ、隣の部屋になった同級生とは仲良くなり、未だに年賀状のやり
取りだけは続いている。
そいつの部屋で、生まれて初めてアダルトビデオを見せてもらった
ことを覚えている。
『小林ひとみ』だった。
「俺も早くビデオデッキが欲しい」と思った。

3年生になり、ようやく6畳の部屋に移ることが出来た。
トイレもガスコンロも隣の奴と二人だけで共同だったので、それまで
とは違い何となく自分の棲み家を手に入れた気分だった。
たまには自炊もしてみた。
肉じゃがに、間違えてソースを入れてしまったが、さすがに不味くて
捨てた。
付き合いだした彼女を連れ込み、エッチなこともした。
ビデオデッキも買った。
天井の配管が破れ、留守中に部屋が水浸しになったこともあった。

5年通った大学も、在学することの無意味さを悟り辞めた。
借りたのは、木造2階建て2DK家賃2万7千円のボロアパートの
1階。
トイレは汲み取り、風呂はシャワー無し、2階の男女の情事が筒抜け、夏には巨大なムカデが出没することもあった。

貧乏だった俺は、家賃3万2千円の新築ワンルームマンションの一室よりそちらを選んだ。




RESIDENCE/YABU

疲れを癒せるふかふかの 布団なんてありゃしない
煙草の焼け焦げだらけの 毛布が寒さしのぎ

腹を空かしビールの空き缶の数だけ増えてく
本当の味なんて 思いだせもしないのに

夢の真似事さえ 走り過ぎてしまう
抜け出そうとすればするほど
ガラクタの中に埋もれてく

もう誰も疑ったりしないから
何かひとつくらい幸せを与えてくれ
幸せを与えてくれ


汚れたパッケージの中で今 欲しいものは粉々になる
ましてや無理矢理重ねた積み木ならば

今日のスケジュールは 風邪薬を買いにゆくことだけ
灰色の空の下 心は居場所を失ってゆく

掴んだ宝石は 砂粒となって
強く握れば握るほど
当然のように零れてしまう

もう誰も疑ったりしないから
何かひとつくらい幸せを与えてくれ
幸せを与えてくれ

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